「書を捨てよ町へ出よう」を観た。


「書を捨てよ町へ出よう」を知人集めて、観た。

映画は予備知識0で観たので、自伝的な要素が盛り込まれた映画なのか?
と勝手に解釈


始まりから、非常に挑発的な物言いで始まり。見てるこっちが緊張する。

理想と現実。

固まったストーリーと生々しくて目の前にある現実感。

性へのカタルシス。

家族というやっかいな人間関係。

過去の解釈と次々と目の前に広がっている未来。


などなど見応えのある2時間。すれ違う人が理路整然とすれ違うところの何も起きない怖さ。
人と人がぶつかるところで何かが起きる圧縮と反発。ただし、これは映画の中で起きている
事象であり、書物となんら違うことはない。町へ出るための現実はどこにあるのか。

終わりは、世界の終わりであり、現実に戻る出口でもあるのか。


この映画40年以上前なのに、全然古くないんですよ!むしろ、今の清潔な世界から見ると逆に
ナマナマしくて羨ましささえも感じてしまう。時代が蠢いていたのでしょうか。
今の時代に無い物がそこに在る、無い者がそこに居るように感じられて仕方無かった。



見てる途中でふと思う。正直自分は男だしセックスに眼が行かない訳がなく。エロんな意味で。
けれど、見てる女性はあのシーンをどう感じるのかなと聞いてみたいと思ったけれど、男に
対しても、そんなに聞けるもんでもないか、と思い直した。感想は、その人の中に有ればいい。



一緒に観た人は、写真撮ってる人、油絵書いてる人、イラスト書いている人、漫画書いてる人
イベント作っている人、陶芸やっている人、などなどなんやかんや自分で品を作っている人が
いて、それぞれに思う所があるんだろうなと勝手に想像。


その後少し時間をもらいまして、アルクシアターとプシュケとArtnowの告知。興味持ってもら
えるといいな。


あとはみんなでワイワイガヤガヤ。知らない畑同士の作家だけれでも、会話も弾んでたよう
なので、ひとまずメデタシメデタシと思う気持ちの反面、映画のセリフが頭をよぎる。

     「映画なんて観ても なーんもいいこと起きねーよ。」


反省点はいっぱいあるので、次はもう少し良くしたいわ。
品質管理と改善活動。仕事でよくやっているやつね。



映画が終わった瞬間と、自分が最後に場所を離れる瞬間。

二重の世界の終わりを体験。

そして、今記憶の片隅をたぐりたぐりコレを書いていた。



今日も暑い。



スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する