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下北沢 ザ・スズナリ うずめ劇場 砂女←→砂男


初、下北沢 ザ・スズナリ。
うずめ劇場 砂女←→砂男 一日二公演。
http://test.uzumenet.com/suna/


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昼公演は砂女。原作は安部公房。

ある日ふとしたことから、蟻地獄のような家にすまざるを得ない状況におちいる男。本当の自分の居場所はここじゃない!こんなおかしな状況はあってはならないはずだ!と、はじめは思っていたけれど、次第に受け入れざるをえないと理解していく、ように見えるのだが…。

不条理な状況は、どうしたってやってくる。自分の意思なんて全く関係ない。それでも、今目の前の状況を変えたいと努力し変化させようと努力する。しかし、現状は変わらない…。では、どうするか、今を受け入れる。適応する。

これって、現実でも同じこと。最近よく頭をよぎること。今を受け入れる=変化を諦めるということ。後退ではない諦め。自分が前に進むために諦めることがあるっていうこと。悔しいけどね…。

しかしまぁ、この主演女優さんの女っぷり、肝の座りっぷりには驚かされましたな。どういうことかは見てもらうとして、多彩で多才な女優、後藤まなみさん。ステキですなぁ。


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夜公演は砂男。原作はホフマン。

婚約者のいる男が、ある日見かけた女性に恋をする。シンプルな話の先にある、混沌の世界。自分の見ているモノや世界は、自分が信じている範囲を超えて、手の届かないところにあったりする。

自分の見えている世界は、ほんとうにそこにあるのだろうか?自分が好きになっている存在は、自分の思うように好きになっているのだろうか?自分の選択は、結局外界のあるものの選択肢の中から選ぶしかない。自分はそれ以外を選ばなくていいということはないのだろうか…。

外の世界にあるものを選択するしかない状況。これも一種の諦めか。それも、自分が好きなように見てしまっているもののから選ぶしか無いという。それでも、今見えていない世界に思いを巡らせて見る瞬間も大切だよね。

それでもヒトはあらゆる現実の世界から逃れられないのだけれど。


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アフタートークでの自己の確立というキーワード。人の成長は、外界からの情報を経験し記憶していくこと。それは、つまり元々の自分なんてのは無くて、外からやって来るしか無いということ。

環境なり、モノやヒト。全てそこにあるもの、選べるものの中からしか選べない現実。悪く言えば、日々これ妥協の産物。良く言えば、人生はあらゆる選択の最前線。

現実から逃れられないことを知りながら、それでもヒトは逃れようとして夢を見るのか。
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