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「しおとさとう」劇団放電家族

劇団放電家族「しおとさとう」を観てきた。

友人の自殺を目の前で見てしまう、しお。そこから物語は始まる。

人が死ぬということには、何らかの理由、死因があるはず。理由の周りに人は集まり、群がった人間たちによって、舞台は進められていく。

さとうちゃんに関係した人たちの、関わり方や生き方、過去の出来事が暴露され、その時はあった未来への想いなんかも示されながら、なぜ さとう は死につながる道へと進んでいったのか。

舞台上の役者は、死因を探す行為と、展開によって謎が解かれていく。
それを見ているこちら側は、死因のなぞの解かれ方と、ストーリー全体の繋がりを解き明かす行為を求められる。けどやっぱり途中で、何だかよくわからなくなって、最後は「へー!」とか「あれ?」とか「www」とか思ったりするので、観た後だれかと話して、答え合わせしてみたくなる。

さて、探した死んだ理由としての「原因」は、最後に提示されるのか?それとも謎のままなのか?

と、観客はお話を辿り推理する事以外にも、ストーリ展開、前後する時間、アドリブ、笑い、など舞台上の仕掛け
はたくさんあって。聞き逃す隙が無いくらい。たぶん、一度に全ては把握できない。

物語が始まる前からそこにある、シンプルな形の舞台、小道具、配置される役者たち、役割を与えられては姿を変えて
いく小道具。
必要な場面に応じて、ちりばめられては消えていく言葉や場面。生まれては消え、消えては生まれていくを繰り返す舞台。場面に必要なものを置くという「意図」も観られる。


 「意図」と「原因」


死んだ理由という自分の外にある隠れた「原因」を探し、そこに自分との関わり合いを見出して安心しようとしていたが、まったく誰かの「意図」によって、その「原因」が創り上げたれたものだったとしたら?

ストーリーと一緒になってお話を楽しんでいた見る側は、いつしか作り物の舞台を見せられて謎を解くように仕向けてくる。仕向けられたものなのか、自分でそれを選んだものなのか。

行動の原因、他人の意図、自分の意思、そんなものの絡みっぷりを考えながら、「しお」と「さとう」って、それ自体は打ち消し合うことなく、濃くなれば濃くなっただけの味がするんだよなとも思った。
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